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牧師のあいさつ文/自己紹介の例(LampMateリサーチ私見)

④「ごあいさつ」の文章

「きょういち」ご利用の場合は、牧師/先生/説教者などの自己紹介を、400~600字程度で書いてください。

「チラシを見て、初めて教会に行ってみようかなと思い、ホームページを見た」といった方を想定して書くことをお勧めしています。

また、架空教会の例を記載&解説してみます。

牧師紹介(牧師あいさつ)

こんにちは。石本 剛と申します。

簡単にプロフィールを話させて頂きます。1980年2月、埼玉の家庭に生まれ育ちました。両親ともクリスチャンではなく、実家の宗教は日蓮宗らしいです。(ほとんど無宗教。)

大学生のころに信仰を持ち、大学卒業後は札幌で建設業の営業職を3年、東京で事務職を2年、埼玉で3年勤めました。当時は大変でしたが、今となっては感謝の二文字です。

特に思い出すのは札幌時代に遭難しかけたことでしょうか。出張中に猛吹雪にあい、視界が1mまでしか見えず、死を意識しました。でも何とか生き延びることができました。

退職後、関西とある神学校に入学しました。神学校では、3年間の座学と1年間のインターンがあり、特に旧約聖書を専攻しました。インターンでは、とある中央教会で先生と寝食を共にして学ばせていただきました。先生の「頭で聞くな、心で聞け」という言葉がとても印象に残っています。

2018年3月、とある教会に来ました。こちらで初めて原付バイクに乗ったのですが、初運転で林に突っ込んでしまいました。近所の方に手伝ってもらい、バイクを林の中から救出しました。幸いバイクも私も無傷でした。

好きな食べ物は豚骨ラーメン、苦手な食べ物はセロリとコーヒーです。趣味はサッカー、ウクレレです。ウクレレはコード引きくらいの素人です。

最近読んだ小説は「君の膵臓をたべたい」、最近見た映画は「君の名は」結構ミーハーです。ミニウサギを飼い始めました。名前はラビーちゃんです。どうぞ会いに来てください。

出版物や(公言して問題なければ最終学歴や、)外部団体で就任している役職など、第三者からの判断材料になりそうな客観的な肩書があれば、このへんで記述。一通りの自己紹介ストーリーを語り終えた後、という感じ。

(630文字/出版物などの記述は除く)

構成

生まれ

性格を感じるエピソード

キリスト教と出会ったタイミングやそのきっかけ

牧師になろうと思ったタイミングやそのきっかけ

この教会に来たタイミングとこの教会での自身の展望

好きなものや苦手なものや趣味など

軽いいざない

学歴や外部団体での役職や出版物など

意識したところ

文字数…PC表示なら2行くらい、スマホ表示なら3~4行くらいでおさまる程度の文章ごとに改行。文脈はあまり気にしなくて大丈夫。(紙面のルールとウェブの視認性とはかみ合わないこともある)

ポイント…生育環境に宗教との関わりがなかった人はその旨を丁寧に書くとGOOD(親近感)。家系がキリスト教に縁深い場合(両親がクリスチャン/祖父がクリスチャンなど)は自身が抱いた葛藤などは言及したうえで、それを乗り越えた際のことを軽く言及した方がいいかも。

読み手に委ねる余地…「読み手が主役」である事は大事だけれど『神さまはあなたを愛していいます』みたいな価値観はこの時点では『 お 前 を 見 て る ぞ 』圧に感じる場合もあるので、それを避けてこの段階ではあくまで「牧師の(この共同体の先導役の)、自己開示」という感じにとどめた。

 

600文字を超える場合は

上記の自己紹介の例では、「価値観」や「証」はあまり含めずに記載しました。

「価値観」の話をしたい場合は、別の項目に設けて『必要ない人は読まなくて済む』構成にするのが好ましいと思います。(別の項目にする/アコーディオンにいれる など。わからなかったらご相談ください)

「こんな牧師の自己紹介は避けたほうがいいのでは」の具体例

私たちの主観が大きく入りますが、以下のような自己紹介は避けたほうが良いのではと感じる例を作りました。

以下紹介する例は、完全に架空の文章ではなく、実際にあった教会ホームページの文章を複数組み合わせたものです。





●●牧師  兎有留神学校卒業後、カリフォルニアトアル神学大学院に学び、牧会学博士号を取得。2001年現在、兎有留教団副理事長と南都架宣教団名誉顧問の任を受け、再臨待望同志会副会長としても担当している。

みことばを愛し、家族に愛され、聖化を探求し牧会を務めています。好きな聖句は「わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。」(黙示録3章15節)

代表著作「信仰 希望 愛」「無条件の愛を受けなさい」

聖書にはこのようにあります。「疲れたもの、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませて上げよう。」 (マタイ11:28)

今の時代に最も求められているのは、神に根ざした愛ではないでしょうか?イエス・キリストであらわされた神の義なる愛を知ることによって、人は真の喜びに生きる事ができるのです。皆様のお越しをお待ちしております。

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「説教中の近影」や「その人らしさがわかる写真」がベターかな?

●●牧師  兎有留神学校卒業後、カリフォルニアトアル神学大学院に学び、牧会学博士号を取得。2001年現在、兎有留教団副理事長と南都架宣教団名誉顧問の任を受け、再臨待望同志会副会長としても担当している。

学歴や役職の列挙は、場合によっては威圧感や嫌味、「権威主義」という印象を与えます。(権威主義が悪いと言いたいのではありません。)

ある程度牧師自身の人となりを開示してから最後に持ってくるのがおススメ!
(書かないよりかは書いた方がいいです)

みことばを愛し、家族に愛され、聖化を探求し牧会を務めています。好きな聖句は「わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。」(黙示録3章15節)

代表著作「信仰 希望 愛」「無条件の愛を受けなさい」

聖書にはこのようにあります。「疲れたもの、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませて上げよう。」 (マタイ11:28)

「みことば」「聖化」「聖句」など→教会独特の語彙を使う際は、『使っていいが、補足を』が好ましいと思います。教会独特の用語の例はこちらなど参考になります(→https://yeshua.hatenablog.com/entry/2019/02/13/114642


主観ではなくて客観的な言い回しを→「みことばを愛し」「家族に愛され」などは主観にすぎませんので、信頼関係が築けていない状況で主観を話すのは悪手です。

主観でしか言えないと思ったら避ければOK。

聖書箇所を文脈や世界観の共有なしに提示するのも好ましくない→

もちろん、「すでにキリスト教信仰を持っている」という方がウェブサイトを観られる可能性もありますが、教会がホームページを開設する多くの場合は『キリスト教や聖書に馴染みのない方』に見られたいという願いが最優先である、と思います。

(少なくとも「きょういち!」で提供しているテンプレートはそういった方をメインのターゲットとした構成で制作しています。)

そういった方々は、まず聖書やキリスト教の提示している観念/世界観)について知らない・知っていても受け入れていない 場合が多いと思います。

聖書箇所を提示したい場合には、世界観の説明や、それに関する適応をていねいに言語化してください。できないなら聖句は最初から使わない方がいいと思います。

今の時代に最も求められているのは、神に根ざした愛ではないでしょうか?イエス・キリストであらわされた神の義なる愛を知ることによって、人は真の喜びに生きる事ができるのです。皆様のお越しをお待ちしております。

ベネフィット…製品やサービスを利用することで消費者が得られる有形、無形の価値

キリスト教信仰の価値観が、「信じることでご利益をもたらすとは限らない」性質を持っている以上、『ベネフィットを提示しましょう』という提案にカンタンに乗れないのは充分にわかります。

ですので、「そういう、現代日本では一般的ではない価値観で生きることで起こる良い面もある」という点をもう少し丁寧に言語化するといいのではないかな、と思います。

これは極端な例ではありますが、多くの教会ホームページは、大なり小なりその点への言語化の怠りがあるように感じます。

 

 


 

【自分が伝えたいこと】ではなく、相手が知りたいだろうなということを考えたうえで【その人らしさ】を記載してほしいなと思っています。